ついに迷走を始めました

ブログ書くんだってよ 

入門2019年概論Ⅰ

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感化されたので僕も2019年振り返りやりたいと思います。

昨年も同じように2018年振り返り記事をこのブログに投稿して黒歴史を生み出してしまったので今年は冷静に行きたい。

 

基本的にはGoogle Photoの時系列に沿って振り返っていこうかと

そしてなるべく短く。僕のブログは長くなる傾向があるので。

 

1月

ブログ名の通りエジンバラにいました。

Hogmanayという年越しイベントに行きました。チケットだけで1万しましたが、Franz Ferdinandを見れたので良かったです。

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ここら辺からメンタルヘルスに異常をきたしていたので、2日間くらい布団から動けないような生活が続きます。

原因はおおむね日照時間の短さと無限に湧いてくるネズミだったと思います。お昼の11時で太陽がこれしか昇らないのは想定外でした。

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イギリス人のフラットメイトと唯一の日本人の友人に助けてもらいました。

2学期の授業が始まって楽しんでいました。

 

メンタルが崩壊している中で昨年ロンドンで会った某ヘッジファンドの方からエジンバラで会おうという話がありました。
ウイスキーを散々飲まされた挙句、インターンに来ないかという話を頂きました。
正直、数か月後まで生きている自信がなかったので丁重にお断りしました。

 

2月

授業が一週間休みの週があったのでエストニア・ドイツ・ハンガリーを回ってきました。

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ハンガリーブダペストはもう一度訪れたいと思います。物価が安い上に東欧と西欧の雰囲気が混ざり合っていて面白かったです。

髪の毛も伸びまくっている時期です。散髪ってしなかったらどうなるのかな~とか思って伸ばしていました。

 

それとここら辺が最も精神衰弱甚だしい時期です。夏目漱石もこういう感じだったのかな~とか思っていました。授業以外は布団から出ていませんでした。

ごはんも即席めん以外食べていなかったような。体重が激減しました。

 

正直あまり記憶がないです。

タバコを咥えてグレています。

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3月

髪を切りました。日照時間も長くなりフラットのネズミも一掃されて精神状態が回復し始めます。

フジタがゼミ試を受けるのでゼミ課題の添削をしていました。添削と言いながら赤を入れまくって殆ど俺の課題みたいになっていました。ここら辺で因果推論の復習ができたので良い機会でした。

また、大学のイベントや知り合いのパーティーなんかに顔を出すようになりました。
社交性を取り戻し始めます。フラットメイトの献身的なケアのおかげで英語が話せるようになりました。

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それと家族がエジンバラに来ました。

ところが、エジンバラ空港に到着した瞬間に祖父が他界し、即帰国の便を手配することになりました。そして父の持病も悪化するという非常事態で観光どころではありません。久しぶりの再会は半日で終了しました。

 

一方、ここら辺から大学院に進むことを真剣に考え始めます。

エジンバラ大は交換留学経験者だと大学院が安くなるという制度を知り悪くないなぁと思ったりしていました。
神取ミクロをkindleで購入し経済学を真面目に勉強し直し始めた時期でもありました。

また、履修していた経済史の授業の教授が非常に面白く天才的だったので経済学をもう少し学んでもいいかなぁ、とも思いました。

 

また、3月は友達とスコットランド旅行をしたりするなどもしました。

ウイスキーの蒸留所を巡ったり、柱状節理だらけの島に行ったりしました。

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4月

授業が4月半ばに終了し、一か月ほどの休みを得ました。

経済史の教授と分かれるのが残念だったので録音した授業を聞きまくっていました。

 

アイルランドのダブリンとイギリスのウェールズに行きました。

ダブリンではギネスビールの工場に行きました。ここでさらにビール好きになります。

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ウェールズには中学の先輩がいたので訪問しました。同じイギリスでも全然文化が違う事に驚きました。

 

それからポルトガルにも行きました。

気候も良く料理もおいしく物価もそこそこということで、こちらも再訪したい国の1つです。リスボンの近くにユーラシア大陸最西端のロカ岬がありそこにも行きました。
水曜どうでしょうのヨーロッパ完全制覇のゴール地点です。

しかしちょうど10連休の時期前ということもあってか、日本人が異常に多く萎えたのを覚えています。

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ポルトの空港でミクロの勉強していたら強そうな人に絡まれました。

どうやら経済学者だったらしく色々話してくれましたがポルトガル語で何を言っているのかはよくわかりませんでした。式変形だけ見て分かったような顔をしていました。

 

5月

試験期間という事で勉強漬けでした。

経済史と確率論の授業が割と重かったので連日勉強ばかりしていました。

一方で、気候は日増しに良くなり近所の公園では日光浴をしている人を散見しました。

精神衰弱は徐々に回復し、リハビリテーションのため公園に通っていました。

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試験が終わるといよいよ帰国です。

航空券の名前を間違えて購入し危うく帰国し損ねるところでした。

フラットメイトも実家に帰り始め、フラットは僕一人になりました。

スコットランドに導入されたHITACHI製の新列車を見に行ったり、近くの観光地に行ってみたり、スーパーでありったけのビールを買って飲み比べをしたり、近所の丘に登って日の出の写真を収めるなどしていました。

友達と植物園に行き花を見るという風流なこともしました。

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ずっと気候が悪かったのに、帰国前一週間はずっと晴れていました。
冬のイギリスはお勧めしません。長くいると心をおかしくします。

帰国後、教授に冬のスコットランドなんてよく行ったねと言われました。
その通りだと思います。

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6月

帰国します。

飛行機の中で仲良くなった中国人が日本で友人と会えない、と言って困っていたためホテルまで送り届けたりしました。帰国早々英語を話していたので日本に帰ってきた感じがしませんでした。
電車賃を払ってあげたためか、その後一週間ほどお礼のメッセージが届き、正直面倒臭かったのを覚えています。

その後1週間程は友人らと会って食事をしたり遊びに行ったりしていました。

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帰国したのはよいものの、授業は9月末から始まるのでやることがありません。

大学図書館に通い経済学の本を読み漁っていました。

イギリスで読みたい本が溜まりに溜まっていたので毎日通いつつ、三田祭論文のデータ収集などをしていました。

養老孟司が戦後は読む本がなく本があったら暗記するまで読んだと言っていましたが、若干そのような状態でもありました。しかし、日本語を読むのが遅くなっており自分の能力低下に嘆いたりもしました。

 

7月

大学院に行くのは良いものの、インターンをして自分の機会費用を知りたいなという気持ちがあったのでインターンを何社か応募しました。

大学院ではなくアクチュアリーとして働くのも良いと思っていたので保険会社や金融系などにエントリーしました。ネタで郵船にも応募しました。結果的に行きたいところには全て行けることとなり8-9月の予定が埋まりました。
大学院に落ちた保険としての就職も考え、インターンに行こうと思ったのもあります。

 

その他ではRの勉強会に行ってみたり、祖父の墓参りに行ったり、意外な出生秘話的な話を聞いたりしました。

三田論に必要なデータが取り終わり、分析するかーとか思って一通り結果が出たところで殆ど同じ内容のワーキングペーパーを見つけてしまい、三田論が白紙になりました

 

8~9月

世間は夏休みでしたが、こちらは6月からずっと休みです。
休みであることは変わりません。

親戚の集まりやサークルの夏合宿に行ったりしました。

それから写真活動の一環としてPMIC(photo match inter college)に出ました。予選敗退し上手い写真をたくさん見て、己の技能の低さを実感しました。

審査員の好き嫌いが結果をかなり左右したとはいえ、上手い人は上手いんだなぁと当然のことを思いました。

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インターンはというと、アクチュアリーインターンに2社行った結果「こりゃねぇわ」と思って無事方向転換することとなりました。Excel事務作業のエキスパートになりたいとは思えませんでした。
大学のサークルの先輩が実際に働いておりオブラートに包まない意見を聞くことが出来たのは良かったです。


一方で、7月に偶然見つけた某総研のインターンに2週間弱参加しました。募集若干名というのでダメもとで応募しましたが、経済学の知識を生かした仕事楽しいじゃんと思いました。計量経済学の知識で分析を行い、正直悪いところが殆どなく、入社後修士行けばいいじゃんという甘い声に揺らいだりしました。
先方からの評判も良く、その後の食事会でオファーを頂き大学院に落ちたらここに行けばいいかと気が楽になりました。

 

一方で、三田論のテーマをゼミの教授に報告したところ、同じテーマを扱う教授を紹介していただきました。お会いしてお話し三田論の方針がここで決まりました。

また、もう一つの白紙になった研究テーマを持って報告したところ、案外評判がよく大学院に来れば面倒を見ても良いという返事を頂き、こちらも保険が出来たので気が楽になりました。

将来の不安が若干解消され、いよいよ神経衰弱は全快の兆しを見せ始めたころです。

 

このころからバイトも始めました。企業の研究所でRAという名のバイトをしはじめ、高学歴集団の圧を感じながらノンビリと事務作業などのお手伝いもしていました。

コンサル出身の上司とウマが合わず、コンサル行くのはやめようと思いました。

 

Bump of chickenのライブにも行きました。相変わらずよかったです。

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10月

メンタルが全快します。

三田論執筆・授業・中間試験・バイト・三田祭ステージ練習

などのため一瞬で過ぎ去りました。

 

ミーハーなのでラグビーW杯をHUBで見ました。

スコットランド戦だったので正直どちらが勝ってもうれしかったのですが、やはり日本人なのだという事を思い知りました。日本が勝ってよかったです(小並感)

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11月

三田祭でした。

写真展に出展し、論文発表をし、ステージで演奏しました。

授業も三田祭前に試験を入れて来るので10月同様怒涛の忙しさであまり記憶がありません。
サークルの同期と練習のため毎週末会っていたのが楽しかったくらいです。

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12月

少しは暇になるかと思いきや全くそんなことはなく課題などに追われる日々でした。

さすが師走とは言ったもので、有難いことに忘年会などでも忙しかったです。

それから就職・院進のどちらに進んでも良いという保険があるということで、少しチャレンジしても良いのではと経済学の勉強に力を入れ始めました。

どこか他の大学を受験することになるでしょう。
年始に入試要項などを読むことにします。

 

まとめ

情緒が不安定な1年でした。

ほぼうつ病の状態から奇跡的な回復を見せたので、来年はメンタルヘルスの安定を目標にします。

9月に大学院試験、3月に学会発表、2月にインターン1社が決まっているので何とかやっていきたいです。

三田論を加筆修正してどこかのジャーナルに投稿するという話もあるんですが、どこが良いですかね。識者の声をお待ちしております。

 

目下の楽しみは箱根駅伝です。 

それでは、また来年。